【地下室の猫を拾う】ニュースレター配信開始します。

ぼくの地下室にも、あなたの地下室にも、理不尽に傷つけられて息も絶え絶えになった猫がいると思う。その猫たちを一緒に拾い上げ、ほこりを払ってブラッシングして、頬ずりしたりお腹に顔を埋めて匂いを嗅いだり、共に慰撫する場所になったらいい。
伊藤チタ 2025.02.25
誰でも

マザー・グースの中に、猫殺しの詩がある。Ding, Dong, Bellってタイトルで、悪ガキが子猫を井戸に放り込んで溺死させる話。

Ding, dong, bell, Pussy's in the well. Who put her in? Little Johnny Green. Who pulled her out? Little Tommy Stout. What a naughty boy was that, To try to drown poor pussy cat, Who never did him any harm, And killed the mice in his father's barn.
“Ding, dong, bell” - Mother Goose

“ディン、ドン、鐘の音が鳴る

子猫が井戸に落ちてるよ!

だれがこんなことしたの?

ジョニー・グリーンって悪ガキさ

だれが子猫をたすけたの?

トミー・スタウトって子がやった

なんてひどい子なんだろう、哀れな子猫を溺れさせるなんて

いたずらなんかしてないし、父さんの納屋でネズミを駆除してくれたのに!”

今更ぼくが説明することに意味なんてないだろうけど、マザー・グースって基本的にどの詩もいろんな解釈があって、このDing, Dong, Bellって詩も例にもれずさまざまな読み方があると思う。でもぼくは、井戸に落とされた子猫はジョニーが引き上げたときにはもう、手遅れだったんじゃないかと考えてる。最初に「鐘の音が鳴る」って書いてあるし。

いたずら半分で殺されていった子猫たち、その骸。そういうものがぼくの中の地下室──井戸ではなく地下室には、未だごろごろと転がってる。自分自身の手で、ぼくの猫を拾いたい。心臓マッサージをして息を吹き返させて、そのあとていねいに湯につけて、ドライヤーで体を乾かしてやりながらブラッシングをして、そしてきれいになったそれらのお腹に顔を埋めて、思いっきり匂いを嗅ぎたい。きっと引っ掻かれてしまうこともあるだろうけど。

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フリーランスのライターとして独立し、WEBマガジンでエッセイの連載を持つようになってからは、それと反比例するように個人的な文章を書かなくなっていった。

書けば書くだけ、猫が殺されるから。Yahoo!ニュースに転載されたり、有名な人にシェアされたりするたび、容赦なくぼくの猫はなぶり殺されていった。数で言えば、賛同の声のほうがはるかに多い。それでも、猫を殺戮する人の声を拾いがちになってしまって、端的にいえばちょっと疲れたのだ。

そもそもぼくは、だれかのために書いてるわけじゃない。いつだって、仕事でだって、自分のためにしかものを書いていない。そのはずだったのに、いつからか文章のその先にいるひとの顔が書いてる最中も消えなくなってしまった。

いくらマスターベーションといえど、仕事としてやってる時点で読み手の顔は念頭に置く。しかしそれを思うのは、以前は推敲しているときだけだった。読んだひとはどう思うだろうか、誤解せずに受け取ってくれるだろうか。傷つけてしまったりはしないだろうか。だれも傷つけずに書くことなどできやしないけど、それでもできるだけ、不用意な傷付け方はしたくない。そんな気持ちで、書き上げたあとは何度も何度も読み返し、納得のいくまで練っていた。

でも今は、書く前からその顔が真っ白なテキストエディタに浮かび上がるようになってしまった。それも最悪なことに以前のような読み手の気持ちを慮るゆえではなく、「猫を殺される可能性をできる限り回避したい」という怯えが先行するようになったからだ。

それに気づいて放置すると、また地下室が腐臭で満たされる。そのうちぼくは窒息して、地上に出ることもままならなくなる。だれのためでもなく、もういちど、ぼくの中の猫たちを拾い上げるために。

ぼくを心から応援してくれる人たち、寄り添ってくれる人たちへ、心の奥深くを打ち明ける場所になったらいい。きっとだれの役にも立たないし、だれを救いもしないけど。

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